分子の世界
分子を数える
分子の世界では途方もない大きな数や途方もなく小さな数が現れることに,びっくりします.われわれの生活で実感できる数は大きいほうで千,万であり,1億円となるとほど遠く,なかなかピンときません.千,万は103,104,億は108と表されます.ところが分子の世界では1024という大きい数がいきなり現れてきます.たとえば,水18g(1モル)中には6×1023個の水分子が含まれています.コップ1/10程度の水に,壮大な分子の世界が広がっています.
コップ1/10の水の中にこんなに多くの水分子があるのだから,1個の水分子の大きさはとてつもなく小さいものになります.計算してみると,1個あたりの水分子の占める体積は一辺を約3×10‐8cmにした立方体です.これでは小さすぎて実感がわきませんので,置き換えて考えてみましょう.水分子の占める体積を一辺1cmの立方体に置き換えますと,コップ1/10の水は実に一辺1000kmの立方体の体積に相当します.
[問題 水分子の一辺の大きさを求めなさい]
ミクロの世界のボール
分子は10‐8cmというとてつもなく小さい世界であり,これをミクロの世界と呼びます.これに対しわれわれが生活しているのは,センチメートル(cm),メートル(m),キロメートル(km)の世界で,これをマクロの世界といいます.困ったことに,マクロの世界の常識がミクロの世界では通用しません.
物質は分子が集合したものです.分子は原子が集まってできています.原子はプラスの電荷をもった原子核とそれを取りまくマイナス電荷の電子からできています.たとえば水分子はH2Oという分子式で表され,2個の水素原子と1個の酸素原子からなり,酸素原子を頂点とする三角形の形をしています.また水素原子では,プラスの水素原子核の回りを1個の電子がまわっており,酸素原子はプラスの酸素原子核のまわりを8個の電子がまわっています.これらの原子が合体した水分子では,水素および酸素の原子核が三角形の頂点に位置し,全部で10個の電子が分子全体に広がって飛びまわっています.これがわれわれの抱いている水の分子像であり,ボールのような粒子をした電子が飛びまわっていると考えてなんの不思議もありません.
電子は見えるか?
しかし,分子の空間は10‐8cmというミクロの世界であり,電子はさらに小さい粒子ですので,目で見ることができません.マクロの世界でボールの動きを目で追うということは,ボールに光があたりそれから反射してくる光を時々刻々われわれの目が受けているからです.つまり見るためには光が必要です.
実は,光も電子と同じくミクロの世界の微粒子(光子)です.この光子がボールで反射して目にはいることによって,ボールを見ることができます.マクロの世界のボールは,ミクロの世界の光子に比べてはるかに大きい.したがって,光子がぶつかってもボールの動きは変わりません.しかしミクロの世界の電子は,同じミクロの大きさの光子がぶつかると,はね飛ばされてしまう.電子を見ようとして光をあてると,あてたとたんに電子がふっ飛んでしまうことになります.したがって,われわれが知ることことのできることは,光をあてた瞬間の電子の位置だけということになります.
電子は雲である
このように考えから,一つの分子に光をあてると,あてた瞬間の電子の位置を知ることになります.しかし,その電子はふっ飛んでしまうので,分子は元の分子ではなくなっています.そこでその分子を捨て,新しい分子を持ってきます.この新しい分子に光をあて,あてた瞬間の電子の位置を知る.このようにして次つぎに新しい分子について電子の位置を測定し,多数の測定点を図に記録すると,たくさんの測定点は雲のように分子全体に広がっているにちがいありません.電子はマイナス電荷をもっていますのでプラス電荷の原子核の周囲に濃い雲ができ,原子核から離れるにつれ雲は薄くなります.ミクロの世界では電子について言えることは,このような雲だけであります.雲の厚いところに電子が存在する確率が高く,薄いところではその確率が低いことになります.このような雲を電子雲といい,分子の構造や性質は,この電子雲の広がり,形,濃淡によって決まります.電子を雲と考えるのがミクロの世界であり,量子力学的世界ともいわれます.分子はまさに量子力学的世界に属します.
分子はそれぞれ特徴的な電子雲をもち,これがいわば分子の顔となります.水分子の場合,酸素原子からほぼ120°方向に張りだした二つの濃い電子雲があり,それぞれが水素原子の電子雲と大きく重なるように配置しています.
大空に分子の世界を見る
大空を見あげると青空に漂ういろいろな形の雲が目にはいります.小さい雲もあれば入道雲のような巨大なもの,丸いもの,細長いもの,奇妙な形のものなど,千差万別です.また雲はたえず変化しています.小さな雲が集まって大きな雲となり,また大きな雲がちぎれて分かれてゆくさまは,分子の離合集散のように映ります.雲がたがいに激しくぶつかり合ってその形状を大きく変えてゆく様子は,分子と分子がぶつかる化学反応で別の分子に変わる電子雲の変化を想像させます.また,雲が大きなエネルギーを蓄えて雷になり強い稲妻をだすのも,興奮状態の分子が光を放出するのに似ています.
原子核と電子の関係から分子を見つめる
原子の中心に位置している原子核は,正電荷をおびた質点と考えられることが多い.しかし実際には直径10‐13cm程度の大きさをもっていますが,その中で35Clや81Brなどの原子核はラグビーボールの形をし,その電荷分布が球対称からずれています.このようなラグビーボールの形をした原子核は,分子や結晶でまわりに分布している電子やほかの原子核と電気的に相互作用をします.この相互作用のエネルギーは原子核のまわりの電荷分布に対するラグビーボールの向く方向によって異なり,その結果特有のスペクトルを現します.このスペクトルは分子によって異なりますので、測定されたスペクトルを解析することにより、分子の構造や物質内の電荷挙動等を知ることが出来ます.したがって,塩素原子を置換している有機塩素系農薬のような生理活性のある化学物質や興味ある化学構造や機能性を有する物質にこの検出法を利用すると,それらの物質の分子構造・電子構造・分子中の電子効果と反応性・分子運動・相転移等を調べることができます. この原理を用いた装置および測定の写真を示しました. (文責 長尾至孝)

試料コイル

測定装置

共鳴信号

ゲート増幅器

前置増幅器および受信器

周波数シンセサイザーおよび位相器